多様な地下微生物の中には天然ガスのメタンを生成するものがあり,天然ガスや石油の炭化水素成分を分解するものがある。本発表では,このような天然ガス・石油と地下生物圏の関わりについて,地球化学の分野を中心にこれまでの研究成果をレビューする。 1.天然ガスの生産者としての地下微生物 メタンを主成分とする可燃性天然ガスは,堆積層が埋没し地熱の作用でケロジェンや石油が分解して生成する場合と,地下微生物が有機物を分解する過程が生成する場合がある。後者は,分子量の大きい有機物(リグニン,脂質,タンパク質,炭水化物など)が嫌気性微生物によって徐々に分解され,最後にメタン生成菌によって酢酸,あるいは水素/二酸化炭素からメタンが生成される。微生物起源の天然ガスはメタン以外の炭化水素成分の濃度が低く,メタンの炭素同位体比が低い(13Cに欠乏する)などの点で,熱分解起源の天然ガスと区別される。 微生物起源のメタンの資源的な重要性については,正確な評価が困難ながらも世界の天然ガス資源の20%程度を占めるといわれている。日本の水溶性天然ガス(千葉,新潟など)はその一例であり,メタンの炭素・水素同位体比をもとにその起源を推定した先駆的研究がなされている。北西シベリアには規模の大きな構造性天然ガスが発見され,東ジャワ海のガス田は活発な微生物活動によって短期間に構造性天然ガス鉱床が形成された可能性が指摘されている。ワイオミング州の炭層に濃集する天然ガスも微生物起源であり,未来の天然ガス資源と期待されるメタンハイドレートも微生物起源のメタンの寄与が大きい。石油やコンデンセートを伴う天然ガスについても,熱分解起源の炭化水素ガスと微生物起源のメタンが混合しているケースが少なくない。この場合,天然ガスのメタンの炭素同位体比がエタン以上の炭化水素成分の炭素同位体比に比べて著しく低くなる。 微生物起源の天然ガス鉱床の形成プロセスに関する詳細は未解明な点が多い。メタン生成の場(深度)に関して,浅い堆積物が中心という考え方が一般的ながら,深い堆積物中にメタン生成菌が生息することも知られている。メタンハイドレートの分布するブレークリッジの海底堆積物間隙水に溶存するメタンと二酸化炭素の炭素同位体比の関係から,二酸化炭素還元によるメタン生成が主に深度200mより浅いところで進行すると解釈された。しかし,培養(トレーサー実験など)により海底堆積物中に生息するメタン生成菌の活動度を評価すると,500m以深でも活動度が高い場合がある。メタンの生成経路に関しても,前述の溶存メタンと二酸化炭素の炭素同位体比の関係やメタンの水素同位体比からは二酸化炭素の還元経路が主要と評価されるが,培養の結果では深部堆積物において酢酸分解によるメタン生成が重要と考えられている。 2.天然ガスの消費者としての地下微生物 天然ガスの炭化水素成分は色々な微生物によって分解される。好気的な環境においては,堆積物表層や水柱でメタン資化細菌がメタンを消費する。このプロセスの進行は,地球化学的には,同細菌に特徴的なバイオマーカー(ホパノイド)の存在や,水柱に溶存するメタンの濃度と炭素同位体比の関係から確認されている。また嫌気的な環境においても,硫酸イオンの存在下でメタンが酸化される微生物プロセスの存在が近年解明されてきた。例えば,海底のメタン冷湧水堆積物や泥火山堆積物においてメタン生成菌が硫酸還元菌と共生して,メタンを酸化(メタン生成の逆反応)するとともに硫酸を還元する。このプロセスの進行は,地球化学的にはメタン生成菌と硫酸還元菌に特徴的なバイオマーカーが検出され低い炭素同位体比を有すること(メタンを炭素源とすること)から推定されている。 海底のメタンハイドレートが分解するとメタンが大気中に大量に付加され,地球温暖化をもたらす(促進する)可能性が指摘されている。しかしながら,現在メタンハイドレートの分布するフィールドにおいて,メタンの多くは堆積物や水柱で分解されており,地球温暖化要因としてのメタンハイドレートの重要性は必ずしも明らかでない。 3.石油の生産者としての地下微生物 石油の生成プロセスは,石油根源岩の埋没に伴い,有機物(ケロジェンやビチュメン)が地熱の作用で分解することであり,微生物は石油生成に直接は寄与しない。相良油田の油兆からアルカンを合成する細菌が発見されて微生物による石油生成の可能性が注目されたが,その後同油田の掘削調査で,この菌の近縁種が検出されないこと,石油のバイオマーカー組成からは堆積有機物の熱分解起源と考えられること,などの否定的な結果が得られている。 良質な石油根源岩が形成される条件としては,一般に,植物プランクトンなど水柱における一次生産が高いことと,底層の環境が嫌気的で有機物の分解が起きにくいことが考えられている。石油成分の中に嫌気性微生物に由来するバイオマーカー(例えばメタン生成菌起源のペンタメチルアイコサンなど)が検出されれば,堆積環境が嫌気的で有機物の保存に優位であったことが推定される。しかしながら嫌気性微生物に由来する有機物が主要なソースとなって生成された石油の事例は報告がない。 4.石油の消費者としての地下微生物 炭化水素をエネルギー代謝の対象とする微生物は堆積物や土壌,水中に数多く存在し,石油を分解する。好気的な石油分解は酸素が溶存(数ppm程度で十分)した天水が石油貯留岩へ侵入することによって進行する。このほか油層温度が高温でないこと(88℃以下),硫化水素の濃度が低いこと,が条件となる。嫌気的な石油分解は硫酸還元菌が関与し硫酸塩の存在が必要となる。好気的石油分解に比べて遅いながら,地質の時間スケールでは重要との見方もある。 微生物による石油分解は石油成分に対して選択性があり,炭化水素成分がヘテロ原子を含む成分に比べて分解されやすい。炭化水素の中では,直鎖の炭化水素がもっとも分解されやすく,ついで分枝状炭化水素,ナフテン,芳香族炭化水素の順に分解が進行する。おなじグループ内では低分子(炭素数20以下)の成分が高分子成分よりも早く分解される。分解の結果,分子内に酸素が導入され,炭化水素がカルボン酸,ケトン,アルコールに変化する。このほかナフテン環に結合しているメチル基が失われるケース(ホパン→25-ノルホパン)も認められている。 石油の微生物分解によって,石油の軽質分が減少し,比重,粘性,硫黄・窒素濃度,アスファルテン量が高くなる。このため,地表および地表付近においてこのような変質を被った貯留岩石油は重質分に富むオイルサンドとなる。試算によれば全石油埋蔵量の10%は 微生物分解によって失われ,さらに残りの10%の石油が変質を受けている。 |
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