The Sedimentological Society of Japan

原生代後期の地球環境と生物進化

狩野彰宏(広島大学理学研究科)

Earth environment and biological evolution of Neoproterozoic
Akihiro Kano (Hiroshima Univ.)


  原生代後期 (Neoproterozoic) は地球表層のシステムが定向的進化過程から定常状態へと移行した時代である.始生代後期?原生代中期の化学進化過程では,縞状鉄鉱層とそれに引き続く炭酸塩岩の堆積が,大気と海水の組成を顕生代の値に近づけた.これらの堆積作用を誘導したのは細菌と植物プランクトンによる光合成であり,発生された酸素が縞状鉄鉱層を,減少した二酸化炭素分圧が炭酸塩岩を堆積させた.堆積プロセスの反応速度を比較すると,明らかに後者の方が低い.例えば,酸化鉄は0.02気圧の平衡酸素分圧でも活発に沈澱するが,0.02気圧の平衡二酸化炭素分圧の下降では原生代における炭酸塩の沈澱は効果的に起らないからである.活発な炭酸塩沈澱に必要な低い二酸化炭素分圧は,縞状鉄鉱層終息の約1億年後に達成された.この1億年間には,世界的に黒色頁岩が堆積し,光合成は炭酸塩堆積を誘発することはなかった.その後,二酸化炭素分圧はゆっくりと低下し,原生代の炭酸塩堆積作用は約10億年間も継続することになる.
  原生代の炭酸塩岩は一般的にストロマトライトを主体とすると印象づけられているが,現世のストロマトライトとは組織・堆積プロセスとも大きく異なり,微生物の痕跡を保存しているものは極めてまれである.炭酸塩岩は,しばしば大型結晶の集合体であり,組織的に温泉トラバーチンと類似している事から,その堆積速度は大きかったと推測される.また,原生代の炭酸塩岩の多くはドロマイトである.この時代の炭酸塩堆積場がサブカ的環境であったという訳ではなく,ドロマイトの卓越は海水の組成的特徴に関連していると思われる.最も有力なのは,ドロマイトの沈澱を阻害する硫酸イオンが減少していたというモデルである.アイスフリーの原生代中期では,海洋は層状化していたと思われ,下層では大規模な硫酸還元反応が起こっていた可能性が高い.この事は,大量のパイライトが堆積した事に裏付けられる.
  光合成-炭酸塩固定に起因した二酸化炭素分圧の低下により,原生代後期には氷河期が訪れる.アイスアルベドフィードバックにより拡大した氷床は,低緯度の海洋までも覆いつくしたと考えられている(全球凍結).原生代後期の氷河期は750-720MaのSturtian期と590-575MaのMarinoan期の2期に分けられ,それぞれに2回(合計4回)の全球凍結があったと考えられている.氷床を融解させる温室効果のためには,再び大気中の二酸化炭素分圧が増加しなけらばならない.これは,死滅した生物遺骸の分解・火山ガス・メタンハイドレートの分解により,海洋を経由し,数百万年間かけて達成された.氷床が融解し,大気?海洋間のガス交換が自由になると,表層海水での急激なCO2脱ガスによりキャップカーボネートが堆積したものと考えられる.二酸化炭素分圧を増加させた供給源の炭素同位体比は低く,その同位体シグナルがキャップカーボネートにも保存された.
  氷河性浸食作用は海水中のSr安定同位体比を上昇させ,ロディニアの分裂・有機物の分解などとともに,海水中にFe, Mn, P, Sなどを供給した.そのため,海水組成は一時的に原生代前期の状態へと逆戻りした.間氷期の過程は始生代?原生代中期の化学進化の縮小版であり,まず縞状鉄鉱層・Mn炭酸塩・黒色頁岩などが堆積し,炭酸塩へと引き継がれる.生物生産性は高い栄養塩濃度を反映して活発だったと思われ,光合成により再び二酸化炭素分圧が低下すると,氷床発達が再開する事になる.以上の氷期-間氷期の過程は,地球表層での炭素循環に基づいた負のフィードバック機構を内包している.すなわち,気候変動の振れは極めて大きいが,地球の気候システムが定常状態に入った事を意味する.
  上記のシナリオは広く受け入れられつつあるが,地域層序を詳細に検討すると問題点が多く見いだされる.中でも特に重要なのが中国南部のセクションであり,近年,ここでの後氷期の堆積物からは最古の動物化石が見つかった.中国南部での堆積作用はSturtian氷期以前から開始したのにもかかわらず,広域的に対比される氷成堆積物は1層のみである(別の薄い1層が地域的に認められる).4度認識されている氷河期のすべてが全球凍結まで発展したかについては,今後の検討課題だろう.
  また,この氷成堆積物については,対比上の問題もあり,SturtianとMarinoanのどちらに対応するかすら明確になっていない.現時点では,エディアカラ動物群がpost-Marinoan (575Ma以降)であるという前提のもと,中国南部の氷成堆積物はMarinoan氷期の間に出来たという事で意見が集約されつつある.この層序対比に基づくと,最古の動物化石の証拠は6億年前より新しいという事になる.これは,分子進化学から導き出された結果(約10億年前)と大きく異なる.6億年説を主張する研究者は真核生物から動物への進化は全球凍結により遅延されたと考えている.それもあり得るが,問題はタホノミーにあるかもしれない.
  動物化石の産出はリン酸塩-チャート相に限定される.この堆積物の組織的特徴は還元的環境下での鉄-リンと珪酸-リン酸錯体の分解が重要であることを示唆する。2種の錯体の分解により,3種の生成鉱物(アパタイト・シリカ・パイライト)についての局所的過飽和が生じた.これらの反応は微生物マット中あるいは水/堆積物インターフェースにおいて、まずアパタイトを、続いて微生物の硫酸還元によりオパールCTとパイライトを海水から急速に沈殿させた.これは氷期後の高いリン酸塩濃度の条件下で生じた特殊な堆積物である.すなわち,動物の進化はより以前に起こったのだが,単に保存される機会が無かっただけとも考えられる.


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