堆積学研究の今後の展望と理科教育への取り組み

牧野泰彦(茨城大学教育学部)

 最近出版された“堆積学”(岡田、2002)によると、この分野はつぎのようにまとめられている。堆積学とは、堆積物の性質やその形成過程を研究する地球科学の一分野である。堆積物の形成過程は、主として地球表層部の岩石圏・水圏・大気圏・生物圏が相互に関連する環境のもとで太陽エネルギーや地球重力の作用のもとで引き起こされる物理学的、化学的、生物学的変化の総合したものである。具体的には、風化作用、運搬作用、沈積作用、続成作用などの諸過程を検討して、堆積物がたどった変化過程を解析し、総合的な堆積物生成環境から地球環境の復元を目指す。
 
[現世の自然環境に親しむ] 
 堆積学研究会は、地質学の研究者が中心になって形成された経緯があり、現在でも会員の大半は地質学関係の方である。地質学の研究対象は地層であり、地層の性質を調べ、堆積相や化石群集を明らかにして形成過程や堆積年代を知ろうとする。つまり、地層に残されている情報をさまざまな手法によって解析している。しかし、地層に残されていない情報はとりだすことはできないし、地層中にある情報をすべて知ることができるわけでもない。地層から多くの情報を取り出そうとするならば、現世の自然環境のもとでおこっている堆積物の運搬・沈積に関する過程を十分に観察することが不可欠である。そのような情報を集め、地層中の情報をより具体的に理解し、欠けているものを合理的に推測することが重要である。例えば、下総層群の外浜堆積相に見い出されるメガリップルについて、供給源となったその当時の沿岸域の地形・堆積物、メガリップルを作る堆積物がどこから、どのように運搬されて、どのように沈積したのか、その様子を具体的に説明しなければならない。地質学研究者は、地層の性質を明らかにすることは慣れているが、上に述べたような状況を具体的に把握しているだろうか。そのようなことを理解するために、われわれが現世の自然環境を調査する必要もあるが、現世の自然環境を対象としている地形学や海岸工学などの関連分野との協力関係をつくり、地質学分野以外からの情報を得ることも大切であろう。新しい情報を得ることによって、地層形成に関するアイディアを膨らますことが可能となる。
 
[堆積現象を理解するための模擬実験]
 最近、多くの研究室で堆積物の動きを観察できる実験水槽を備えるようになってきた。水路実験は、実際の堆積物の動きを再現できるわけではないが、動きを観察できることの効果は抜群である。小学生でも専門家でも楽しむことができる。水路実験によって、さまざまな堆積構造の形成過程を観察し、野外調査で得られたデータと比較することによって、堆積作用さらには堆積相の理解に結びつけることが可能である。本日の午後に行われるワークショップ「実験堆積学のすすめ:教育研究における堆積学実験の実践」は、機を得たものである。また、水路実験をもとにして、堆積過程を学ぶカリキュラムをぜひ作って欲しい。

[環境問題に関連した堆積学]
 筆者は、那珂川の堆積物・堆積作用および有明海の砂質干潟、諫早湾の泥質干潟を調査している。現世の自然環境を調査していると、必然的に環境問題と関わらざるを得ない状況になってくる。例えば、諫早湾の干拓工事では、泥質干潟の現状や成因についての情報や締め切り堤防建設後の影響などの情報を、本来ならば提供できる立場にあったはずである。しかしながら、その当時、わが国では泥質干潟の調査はほとんどされておらず、現在でも情報はわずかしかない。現在、有明海でおきている多くの環境問題の原因が諫早湾の締め切り堤防建設と考えられている。しかし、諫早湾の締め切り堤防建設前から、佐賀・福岡・熊本県での永年にわたる干拓工事、筑後川の河口堰建設、干潟に建設された熊本新港など、有明海は人為的に痛めつけられていたのである。つまり、締め切り堤防建設は、環境異変を起こした最後の原因とも考えられる。また、熊本県の砂質干潟では、この10年ほどの間に、熊本新港やヨットハーバーの建設があった。これによって、干潟にポケット状の海岸が生まれ、今後泥質物の堆積が予想される。このような長期間にわたる自然環境の変化を捕らえるには、堆積学的な観点が重要である。
 
[自然に親しむための堆積学]
 近年、児童・生徒の「理科嫌い」が顕著になり、わが国の将来にとって大きな問題となるだけでなく、個人の成長過程からみても不健全な状況である。特に、野外調査を伴う分野は敬遠され、写真やビデオによる室内学習で終えることが多い。しかし、このような分野では、野外に出かけて体験しないとわからないことが多く、おもしろさも伝わってこない。子供たちに、まず、さまざまな自然環境と親しませることが大切である。
 野外に出ると、子供たちはさまざま現象や事物に気がつき、疑問をもつ。その際、指導者は、質問・疑問にすぐに答えを与えるのではなく、自分で解決できるような助言をすることが重要である。少なくとも、指導者から答えを与えてもらったのではなく、助言を得ながら自分で解決したという思いを体験させたい。『発見』を体験させることによって、自然のメカニズムを理解するおもしろさを知り、子供によりいっそう自然現象に対して興味・関心を深めさせることができる。まさに、河原や海岸は絶好の条件を備えている。
 子供のもつ疑問は、しばしば現象の本質をついていることがある。指導者は幅広い知識と経験をもち、野外観察のおもしろさを十分に知っていて、現象の本質を常に考えて解析することが必要である。その上で、子供に理解できるようにやさしい言葉で説明しなければならない。そのためにも、小・中・高の先生方に自然のメカ二ズムを理解するおもしろさを味わった上で、それを子供たちに伝える努力をしていただきたいと思う。堆積研でも、自然観察の楽しさを味わえるような巡検を企画してはどうでしょうか。
 また、子供たちに自然観察の興味をもたせる、わかりやすい本を数多く出版すべきである。筆者が教科書として使っているものは、「日本列島の生い立ちを讀む」(斉藤靖二著)や「地震・プレート・陸と海」(深尾良夫著)で、専門用語をあまり使わずに中・高校生でもわかるように高度の内容をきちんと説明している。「地球はなぜ丸いのか」といったような、多くの子供たちが持つ疑問に答えてくれる。